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習い事のご祈祷

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紗季です。
梅雨も明けて、各地で猛暑が続いております。

 最近、習い事などの上達・習熟という祈祷のご相談を受ける機会が増えてまいりました。
自己練磨(自分磨き)の一環で、自分への投資をされる方が増えているようですね。
一度踏み込んだ世界ですから、ぜひとも極みに達していただきたい次第です。

 習い事をするということは、その技術や知識を自分のものにするということも重要ですが、
何より「習う心構え」を修練する場であると思います。
謙虚さが無ければ、どんな物事も自分のモノにすることはできません。
自分の師匠に完全に染まり、認められてから、その後に自分のアレンジをして行けばよいわけです。
まだまだ未熟な人間ほど、「でも」や「だって」を真っ先に発するものです。
そういう人間に対して、心を込めて教えたい師匠は居ないはずです。

地震、ご祈祷、ゴールとスタート。

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香苗です。

本日未明、大分県南部を震源とする地震が発生いたしました。
皆様は、被害に遭われてはいませんでしょうか。
ここ広島でも、震度2~4が記録されましたが、大きな被害の報告は受けておりません。

 地震があった時刻には、私自身は祈祷所に入っておりました。
ちょうど前日が祈祷の日程となっておりまして、この日のご祈祷をすべて終えた矢先の揺れでした。
祈祷師一同「これは何かあったに違いない」と考えました。

 そして夜が明け、昼過ぎあたり、ご依頼者の方から一報が入り、
昨日から本日未明までご祈祷させて頂いていた呪殺祈祷の対象者が急性心不全で亡くなり、いろいろと手続きを終えたところだというご報告でした。
ご依頼者の方もどこか落ち着いた様子で、身内が亡くなったことに対する大きな悲しみはありませんが、呪殺祈祷がようやく成就した喜びというわけでもなく、「これからようやく自分の人生が始まる」といったある種の覚悟をも感じさせるしっかりとした声でした。

 祈祷の成就は私どもにとってはあるひとつの「ゴール」ですが、ご依頼者様にとっては、ここから新たな人生が始まる「スタート」でもあります。
ご祈祷(呪術)は最終手段であり、絶望的な状況下からの劇的な状況変化を実現する手段ですが、
その成就を「ゴール」と捉えてしまうと、それから先の計画が立っておらず、あるいはその先の人生を犠牲にしてまで祈祷に臨んでしまって、せっかく成就してもその先の人生で苦しい思いをするかもしれません。
あくまで祈祷は手段であり目的ではなく、成就は新たな人生の「スタート」です。

酷暑・空梅雨 → 豪雨・竜巻

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紗季です。ご無沙汰いたしております。

 まずは経理関連のご報告です。
前年度は剰余金(会社で言う「利益」にあたるもの)がマイナス計上となりましたので、今年度の予算から金1万円、および有志の祈祷師からそれぞれ金1万円ずつを公益財団法人日本財団様に東日本大震災復興プロジェクトの活動資金として寄付させて頂きました。
震災の日から2年半が経過し、今でも現地では復興へ向けて大変な尽力をされている方が大勢おられます。
遠くから視線を送るだけでなく、今一度自分たちのできること、自分たちの役割を再認識してまいりたい所存です。
少し時間が経過してしまいましたが、上記ご報告申し上げます。

 これまでも我が国の異常気象ぶりは報じられてまいりましたが、今年はいよいよ本格的な気候変動が表れたといっても過言ではないのではないでしょう。
入梅宣言とともに降雨の気配は一切なくなり、摂氏40度を超える酷暑が続き、梅雨明けとともに各地で1時間あたり百数十ミリという豪雨が観測され、平野部では竜巻様の現象が発生。
多数の犠牲者が出たとの報道を耳にいたしました。
自然現象ばかりは人間の力の到底及ぶものではありません。如何に共存して行くか、ということが古来から人間に与えられた課題です。

 また、平成24年~26年にかけては、約20年周期で訪れる「祈祷の効果が大変強力に表れる時期」でもあります。
祈祷の絶大な効果が表れる瞬間を指して『天鳴り地鳴り』と表現されることがありますが、天変地異と祈祷(呪術)とは古来より密接な関係がありました。
20年前の「台風19号」(1991年9月末)では、ここ広島市でも多大な被害が出ました。
さらにおよそ20年前の 1972年は、八丈島が何度も大地震に見舞われました。1972/2/29 震度5強相当(M7.0)、1972/12/4 震度6弱相当(M7.2)、など。(※参考:同時期に某大事件および全員逮捕。)
さらに20年前にも、大地震が相次いで発生しました。1952/3/4 北海道十勝沖で震度6強相当(M8.2)、1952/3/7 石川県西方沖で震度5強相当(M6.5)など。(※参考:同時期に、重大な条約批准とその反対派の不審な失脚。)
さらに20年前は、非常に大きな台風が通過し、主に汽船や船舶が難破するなどの大被害を受け、広範囲で家屋の崩壊が発生しました。1930/7/下旬。(※参考:同時期に支那国の大事変)
「人事を尽くして天命を待つ」は、自分の出来る範囲のことをすべてやった後は運を天に任せて静かに待とうという意味でもありますが、
人間のできることの範囲というのは(自然界=天の意思に比べて)どれだけ小さいか、ということをしっかり理解して物事に臨むべしという教訓も含まれています。
防災は自然に抗うことではなく共存共生していくことであると再認識し、古来の日本人のように自然と「仲良く」できる文化を取り戻したいものですね。

"禁忌" の成果は

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紗季です。

世界的に報じられましたので、私どもからもまずはご報告をいたします。
先日、「天鳴り、地鳴り」の記事でお伝えしておりましたが、私とは別の祈祷師の組が「禁忌の秘呪」を実施しており、先日 11/21 頃に天鳴地鳴の成就の兆候が表れ、まもなく結末が訪れたということです。
※公式には 2011/12/17 の死去と報じられました。
数年掛かりの、いわば「一大プロジェクト」であり、私どももひとつ肩の荷が下りた感を受けております。

 これまでにも「激動の年」と言われた年はありましたが、平成23年(2011年)ほど激動した年はこれまでにも稀なのではないでしょうか。
先日の国家代表の死去、アフリカ大陸でも革命指導者の民衆争乱による最終的な殺害による結末、「9・11」を実行したテロ組織の指導者の殺害、チュニジアの反政府デモの拡大による政権崩壊(ジャスミン革命)、
タイでは類を見ない大洪水、ヨーロッパではギリシャを発端としたユーロ危機、ノルウェーの政府庁舎爆破・ウトヤ島乱射事件など連続テロ、アメリカでは「ウォール街を占拠せよ」の合言葉を唱えた大々的なデモも発生、
そして我が国では、平成23年3月11日の東北大震災。
いずれも、おそらく100年後や1000年後の歴史に足跡を残していることでしょう。

 建築・建造物は地図上に残りますが、建設した人々が表に出ることはほとんどありません。
同様に、歴史に足跡を残しても、その裏で動く人々が歴史に足跡を残すことはありません。
少しでもこの世の中が良くなり、一人でも多くの人が「心の豊かさ」「本当の幸せ」について真剣に考える機会が増え、そして実現できる世の中を作り上げたいものですね。

皆既月食をご覧になりましたか?

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紗季です。

昨夜、2010/12/21(火)は皆既月食でしたが、皆様はご覧になりましたでしょうか。
残念ながら全国的に悪天候で、ほとんどの方は見ることができなかったのではないでしょうか。
私自身も見ておりません。

皆既日食は、太陽がくっきり欠けて大変印象深い現象であるのに対し、皆既月食では一応はぼんやりと満月も見えており、なかなか「ここからここまでが月食」といった明確な線引きができないため、印象に残りづらいとも言えます。
太陽の光が強力であるため、その中でも波長の長い赤色光が地球の周辺で回折し、地球の陰に居る月に届きます。波長の短い青色系統の光は届かず、そのため皆既月食では赤銅色の満月を見ることになります。
次の皆既月食は、2011年6月16日だそうです。
良い天気になることを祈りましょう。

「呪い返し」はどの程度ですか?

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紗季です。
祈祷をご依頼される方から、よくこのような質問を頂戴いたします。

「祈祷を依頼する場合、どの程度の呪い返しが来るでしょうか?」

私自身は「呪い返し」について一般の方に説明する際に、
呪術の目的・規模の大小に関わらず、呪術という事案に関わる以上は祈願者様(依頼者様)にもわずかながら呪い返しの影響が生じます、
といったことをお伝えしております。
ただしこれだけでは単に祈願者様をビクビクさせるだけに終わってしまいますから、
「よって、特に儀式の期間中は日頃以上に注意して、お過ごしくださいませ」
と付け加えております。
 この説明の本質は以下の通りです。

本来の「呪い返し」というものは、呪術行為の跳ね返り、あるいは反作用として、行為者自身に生じるものでございます。
従いまして、呪術行為を行う祈祷師(呪術師)が、その影響を受けることになります。
これを「本来の呪い返し」あるいは「狭義の呪い返し」と呼んでおります。
依頼者様は呪術行為をするわけではありませんので、「本来の呪い返し」の影響を受けることはありません。
しかし、呪術という非日常的な事案に関わるわけですから、儀式の期間が近付けば、いくら心穏やかに過ごしたくとも
どこか神経が高ぶったり、落ち着きがなくなってしまいます。これによって夜間の睡眠不足を生じ、日中は注意力が散漫に
なってしまうことも予想され、場合によっては事故などを誘発する危険性もあります。
このことは、本来の呪い返しの影響とは異なりますが、呪術という事案に関わることにより受ける影響という意味では、
「広義の呪い返し」とも呼ぶことができるでしょう。
従いまして私どもでは、祈願者様に上記の内容を説明し、できるだけ夜間は充分に睡眠を取って頂くようにお願いし、
日中は普段以上に周囲に注意してお過ごしいただくことをお願いしております。

神木と藁人形(わらにんぎょう)

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紗季です。
空も低くなって参りました。入梅間近といったところでしょうか。
今朝方、神社敷地内の神木に一体の藁人形が、【呪】の文字と共に五寸釘で打ち付けられているのを見付けました。
どなたかが見様見真似で呪術行為をおこなったのでしょうと思い、神木から除いて奉納いたしました。
ここ最近ではめっきり減っていたのですが、久しぶりに目の当たりにしました。
 手法自体はまったく稚拙で、この程度であれば「呪い返し」も心配ないとは思いますが、それでも今後継続的に実施されるのであれば、注意が必要なのかな?とも思わせられております。
なお、他の神社・寺院でも共通して言えることですが、敷地に無断で侵入したり物件を傷付けると、やはり程度の重軽を問わず刑法に触れる犯罪になってしまいます。
どのような観点からも、「軽はずみな行為は厳禁」と言えるでしょう。

呪殺祈祷成就、後味・・?

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紗季です。

日中の日差しが、徐々に夏のそれになってまいりました。
衣替えをすべきかどうか判断のつき難い毎日です。

さて、私どもが「究極且つ最終的な呪術」と表現している「呪殺祈祷」ですが、
先日も祈願者様からの成就報告を受け、祈祷終了した一件がございました。
皆様は、呪殺祈祷を依頼される人について「呪殺をも持ち出すほど憎悪に満ち溢れた祈願者ばかり」、とお考えではないでしょうか?
もちろん、相談に来られた当初は「なんとかしてアイツを殺したい!」といった憎悪心のカタマリのような状態の方ばかりです。
しかし、そうした際に私どもは、そもそも呪術というものは憎い相手に悪さをしてやろうという目的で成り立ったわけではなく、
本質は「歪んだ現状を正す」ことにあるのだと説明いたします。
そして、性急に結論を出そうとされる依頼者様にも時間をかけてやり取りを重ね、冷静さを取り戻されたところで改めて「本当に呪殺祈祷が必要かどうか」をお尋ねします。
それでもなお祈祷が必要という判断がなされた場合にのみ、私どもは正式に「呪殺祈祷」をお受け致します。
憎悪心だけに基づいて依頼に来られた方は、冷静な心を取り戻されてからは「まだ呪殺までを検討すべき時期ではない」といった正常な判断をされます。
そのため、「呪殺祈祷」を実施するにあたって、その祈願者様は、憎悪ではなく冷静な心、使命感すら感じさせるオーラに満ち溢れた状態で儀式に臨まれています。
憎悪心が強いうちにもし成就してしまったならば、「取り返しのつかないことをした・・」という後悔が生じてしまいます。

呪術に臨むにあたり、正常な心を持たせることも、祈祷師の役割であると考えます。

呪い神社? 貴船神社参拝。

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紗季です。

先日、かの有名な「貴船神社」を訪ねました。
本来「貴布禰神社」(貴布禰総本宮)と表記するのが正しいようです。

「呪い神社」として名高い神社ですが、本来は丑の刻に参拝して心願成就することが目的であり、呪いや呪術、ワラ人形といった「呪い神社」と呼ばれるに至ったまがまがしいイメージは、メディアなどの影響で後から付けられたもののようです。
今でもなお、敷地内の神木に無断でワラ人形が打ち込まれるなど、被害が絶えないそうです。

kifune.jpg

貴船神社
貴船神社とは

企業死ということ

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紗季です。

企業(法人)も同様に、呪術の対象となることがあります。
特に企業の破綻・倒産などを目的とした場合、私どもではこれを「企業死」と表現しております。

企業死のケースは、とにかく迅速さが求められます。
生半可に呪術を実施すれば、一番被害を受けるのは末端の従業者のみで、狡猾な経営者自身の財産は守られ意外と早い段階で再生してしまうのが現状です。注意が必要です。

成就の難易度が企業の規模に比例するかと言えば、実はそうではなく、やはり経営者と従業者が一丸となって結束していたり、強い目標・夢を持つ企業に対しては成就が難しく、逆に従業者が常日頃から転職情報をチェックしていたり覇気の感じられない企業ほど、規模に関わらずあっさりと「企業死」してしまうように感じられます。

近況報告を頂戴しました

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紗季です。

昨年10月頃にご依頼を受け、その後年末までの間に成就された方に近況確認のご連絡をさせて頂きました。
復讐を目的とした御祈願でしたので、あまり私どもの方から積極的に連絡をして辛かった時期を思い出させてはいけないとも考えておりましたが、しばらく連絡が途絶えておりましたので思い切ってご連絡させて頂きました。
すると、間もなくお返事を頂戴し、いたって順調な近況をお伺いすることができました。
当初は「殺してやりたい」ともおっしゃっていたほど強烈な復讐心でしたが、「相手が脳梗塞に倒れ、会社も閉めて、今は細々と自宅治療をしている」とのご報告と、さらには「暗い復讐心からは何も生まれない、呪殺を踏みとどまってこの程度の復讐で済ませておいて良かった。」との開眼とも感じ取れる感想を頂けました。
その相手(対象者)も、この病気を機にこれまでの言動を省みて、今後は人のために尽くす生き方をしたいと語られているようで、双方にとって大きなメリットをもたらすことができたと、私自身も祈祷師冥利に尽きる一件でございました。

ご依頼者様自身の経営も順調なようで、今後も微力ながら益々の発展と商売繁盛を祈るばかりでございます。

神様の居場所

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紗季です。

「神々は 己の内にあるものを 
  外を祈るは 愚かなりけり」
  
神様はどこに居るかと尋ねられたら、私は迷わずその方の胸を指差すでしょう。
神様は、決して神社や記念碑の中に住み着いているのではありません。常に私たちの中から、私たちのことをそっと見守っています。
一番身近なところに居るにも関わらず、どこかに他に居る神様を探して彷徨うのは愚かであるということですね。

ある物事について深く悩んでおられる方も、実は心の中ではすでにある一定の結論は出ているという方がほとんどではないでしょうか。
悩んでいるときも、神様は私たちの中から様々な影響を与えてくれています。だからこそ、そうして悩んだ末に達した結論には、時間をかけて考えたものほど価値があると言えますね。
相談・助言とは、すでに出されている心の中の結論に対して、あと一歩の後押しをすることなのかもしれませんね。

見直されている多神教観

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紗季です。
私どもの組織では、不定期ではありますが、他の宗教の方々とも交流をしております。
先日も、仏教のとある宗派の法主様や、キリスト教の聖職者様、イスラム教の支部長様などと懇親会を行いました。
日本にもイスラム教徒が居るのか? と感じる方がおられるかもしれませんが、結構たくさんおられるとのことです。

私ども日本人は、個々が信条とする宗教は異なるものの、やはりどこか深いところに「多神教観」を有しています。
多神教とはすなわち、私ども神道の基本的な考え方ですが、近年この「多神教観」というものが他の宗教の方々にも見直されていると聞きます。先日も同様の意見が多方面から出ました。
「一神教」同士の立場であれば、当然に異文化の理解を図る上で排他的になり障壁になりやすくなってしまいます。

元日には神社にお参りし、挙式はキリスト教式、葬儀はお寺さんを呼んで、大晦日には除夜の鐘を突く、といった点を指摘して「無節操」と表現する考え方や文化もありますが、
逆に私たち日本人はその「多神教観」に基づく一連の慣習を、むしろ誇りに思うべきであると、改めて考えさせられた一日でした。

お天気の良い日が続きます

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紗季です。
このところお天気の良い日が続いており、儀式を行う上でも大変助かります。
もうじき季節も秋になり、涼しくなりますとさらに過ごしやすくなりますね。

余談ですが、私ども祈祷師・神職の正装は綿素材や麻素材が中心です。
しかしながら事務職の衣装は化学繊維素材も含まれており、これは風通しがあまり良くないため夏場は苦労するようです。