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地震、ご祈祷、ゴールとスタート。

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香苗です。

本日未明、大分県南部を震源とする地震が発生いたしました。
皆様は、被害に遭われてはいませんでしょうか。
ここ広島でも、震度2~4が記録されましたが、大きな被害の報告は受けておりません。

 地震があった時刻には、私自身は祈祷所に入っておりました。
ちょうど前日が祈祷の日程となっておりまして、この日のご祈祷をすべて終えた矢先の揺れでした。
祈祷師一同「これは何かあったに違いない」と考えました。

 そして夜が明け、昼過ぎあたり、ご依頼者の方から一報が入り、
昨日から本日未明までご祈祷させて頂いていた呪殺祈祷の対象者が急性心不全で亡くなり、いろいろと手続きを終えたところだというご報告でした。
ご依頼者の方もどこか落ち着いた様子で、身内が亡くなったことに対する大きな悲しみはありませんが、呪殺祈祷がようやく成就した喜びというわけでもなく、「これからようやく自分の人生が始まる」といったある種の覚悟をも感じさせるしっかりとした声でした。

 祈祷の成就は私どもにとってはあるひとつの「ゴール」ですが、ご依頼者様にとっては、ここから新たな人生が始まる「スタート」でもあります。
ご祈祷(呪術)は最終手段であり、絶望的な状況下からの劇的な状況変化を実現する手段ですが、
その成就を「ゴール」と捉えてしまうと、それから先の計画が立っておらず、あるいはその先の人生を犠牲にしてまで祈祷に臨んでしまって、せっかく成就してもその先の人生で苦しい思いをするかもしれません。
あくまで祈祷は手段であり目的ではなく、成就は新たな人生の「スタート」です。

"禁忌" の成果は

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紗季です。

世界的に報じられましたので、私どもからもまずはご報告をいたします。
先日、「天鳴り、地鳴り」の記事でお伝えしておりましたが、私とは別の祈祷師の組が「禁忌の秘呪」を実施しており、先日 11/21 頃に天鳴地鳴の成就の兆候が表れ、まもなく結末が訪れたということです。
※公式には 2011/12/17 の死去と報じられました。
数年掛かりの、いわば「一大プロジェクト」であり、私どももひとつ肩の荷が下りた感を受けております。

 これまでにも「激動の年」と言われた年はありましたが、平成23年(2011年)ほど激動した年はこれまでにも稀なのではないでしょうか。
先日の国家代表の死去、アフリカ大陸でも革命指導者の民衆争乱による最終的な殺害による結末、「9・11」を実行したテロ組織の指導者の殺害、チュニジアの反政府デモの拡大による政権崩壊(ジャスミン革命)、
タイでは類を見ない大洪水、ヨーロッパではギリシャを発端としたユーロ危機、ノルウェーの政府庁舎爆破・ウトヤ島乱射事件など連続テロ、アメリカでは「ウォール街を占拠せよ」の合言葉を唱えた大々的なデモも発生、
そして我が国では、平成23年3月11日の東北大震災。
いずれも、おそらく100年後や1000年後の歴史に足跡を残していることでしょう。

 建築・建造物は地図上に残りますが、建設した人々が表に出ることはほとんどありません。
同様に、歴史に足跡を残しても、その裏で動く人々が歴史に足跡を残すことはありません。
少しでもこの世の中が良くなり、一人でも多くの人が「心の豊かさ」「本当の幸せ」について真剣に考える機会が増え、そして実現できる世の中を作り上げたいものですね。

天鳴り、地鳴り

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紗季です。

昨日(11/11/21)は、夕刻に広島県北部を震源とする地震が発生し、交通などに影響が出たようですが、幸い大きな被害も無く、私どもも確認できている中では皆無事でした。
皆様からたくさんのメールを頂きました。
私どもとは別の祈祷師の組が、ちょうど震源あたりの祈祷所で『禁忌の秘呪』をおこなっていることもあり、
古来より伝えられている、"天鳴り、地鳴り、これらが合わさった時に秘呪が完成する" といったことを思い出し、
ひょっとすると成就の表れであったのかと考えておりますが、詳しい知らせが入っていないため詳細は分かりません。

呪殺祈祷成就、後味・・?

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紗季です。

日中の日差しが、徐々に夏のそれになってまいりました。
衣替えをすべきかどうか判断のつき難い毎日です。

さて、私どもが「究極且つ最終的な呪術」と表現している「呪殺祈祷」ですが、
先日も祈願者様からの成就報告を受け、祈祷終了した一件がございました。
皆様は、呪殺祈祷を依頼される人について「呪殺をも持ち出すほど憎悪に満ち溢れた祈願者ばかり」、とお考えではないでしょうか?
もちろん、相談に来られた当初は「なんとかしてアイツを殺したい!」といった憎悪心のカタマリのような状態の方ばかりです。
しかし、そうした際に私どもは、そもそも呪術というものは憎い相手に悪さをしてやろうという目的で成り立ったわけではなく、
本質は「歪んだ現状を正す」ことにあるのだと説明いたします。
そして、性急に結論を出そうとされる依頼者様にも時間をかけてやり取りを重ね、冷静さを取り戻されたところで改めて「本当に呪殺祈祷が必要かどうか」をお尋ねします。
それでもなお祈祷が必要という判断がなされた場合にのみ、私どもは正式に「呪殺祈祷」をお受け致します。
憎悪心だけに基づいて依頼に来られた方は、冷静な心を取り戻されてからは「まだ呪殺までを検討すべき時期ではない」といった正常な判断をされます。
そのため、「呪殺祈祷」を実施するにあたって、その祈願者様は、憎悪ではなく冷静な心、使命感すら感じさせるオーラに満ち溢れた状態で儀式に臨まれています。
憎悪心が強いうちにもし成就してしまったならば、「取り返しのつかないことをした・・」という後悔が生じてしまいます。

呪術に臨むにあたり、正常な心を持たせることも、祈祷師の役割であると考えます。