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皆既月食2011/12/10~11/苦手はチャンス

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紗季です。

来る 2011/12/10~11 にかけて、大規模な皆既月食を見ることができます。
この度の月食は、食の始まりから終わりまでを日本国内で観察できる稀な機会です。
この日は、ここ広島では良い天気の予報です。
祈祷所からも、きっとその様子が窺えるかと思います。

月食・新月・満月は、祈祷に大きな効果をもたらすとされます。
ただし、その効果がすべて「有利」に働くとは限らず、不利に働く場合にはその点を逆手に取ってうまく「利用」してやることで、祈祷への「好条件」として取り入れることが可能です。
これは日常生活でも同様かもしれませんね。
苦手な事や苦手な人は、誰にでも幾つかあるものですね。
もちろん、苦手な事・苦手な人から逃げてしまうのは簡単ですが、
敢えて立ち向かうことで自分自身を高めることができます。
苦手な事を克服できるかもしれませんし、あるいは一人で抱えてしまうのではなく、その分野を得意とする人を探しているうちに人脈が広がることもあります。
苦手な人とも、頑張ってコミュニケーションを取るうちに、意外と親しくなれるケースもありますし、
あるいは反面教師として「あの人のこういう部分が嫌いなので、自分はそうならないように気をつけよう」と考えれば、それだけでも大きな勉強になります。
世界人口は、先日で 70億人に達したと報じられました。
生きているうちに出会える人の数は、そのうちの何%くらいでしょうか。
今目の前にいる人と出会えたことは、70億分の1 の確率とも言えます。
ジャンボ宝くじの1等は 1000万枚に1枚の割合で、毎年何回も販売・抽選されているにも関わらず、実際に当たった経験のある人が周囲にどれだけ居るでしょうか?
目の前に居る人と、どのような経緯であれ、巡り合えた機会を最大限に活かしたいものですね。

天鳴り、地鳴り

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紗季です。

昨日(11/11/21)は、夕刻に広島県北部を震源とする地震が発生し、交通などに影響が出たようですが、幸い大きな被害も無く、私どもも確認できている中では皆無事でした。
皆様からたくさんのメールを頂きました。
私どもとは別の祈祷師の組が、ちょうど震源あたりの祈祷所で『禁忌の秘呪』をおこなっていることもあり、
古来より伝えられている、"天鳴り、地鳴り、これらが合わさった時に秘呪が完成する" といったことを思い出し、
ひょっとすると成就の表れであったのかと考えておりますが、詳しい知らせが入っていないため詳細は分かりません。

結婚することになりました。

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紗季です。
暦の上では秋とは言え、まだまだ本格的な暑さには悩まされますね。

 さて、この度、結婚が決まりました。


とはいえ、私ではなく、私どもの組織に所属する、女性の若い見習い祈祷師、香苗さんです。
先を越されてしまいました(笑)
見習い祈祷師の身分ですので、皆様へのご祈祷をお受けするにはまだ少し時間がかかるかと思いますが、どうか彼女らの幸せを応援して差し上げてください。

「祈祷師」あるいは「見習い祈祷師」というと、どのような印象をお持ちでしょうか?
生まれてすぐに神童と崇められ、学校も行かずに修行を積むことで、何か不思議な力を手に入れられる。
そんな印象をお持ちでしたら、それは空想の世界の出来事です。
少なくとも私どもでは、見識・良識のある成人もしくは成人に近い年齢になってからの修行開始となりますし、そのためには希望者には大学に進学させたりもしています。

大勢の方々から相談をお受けするにあたって、あまりに常識を知らないと、何も助言をすることができないだけでなく、先方様に不快感ばかりを与えてしまいます。
法律の基礎も知らないで「法的手段を検討してみてください」と言ったところで、何の説得力もありません。
科学を知らない人から「科学的だ」「非科学的だ」といった話をされても、何ら信憑性がありません。
恋愛も知らないで、恋愛相談や縁切り相談を受けられるはずもありません。
会社運営を知らない人が、企業死の祈祷を提案することは不可能です。

世間を知り、常識を学び、自然科学を学び、人文科学を学び、恋愛を経験し、一定の社会経験を積んで、
その上で自分の力を人のために使うことに生き甲斐を感じるようになる、
その段階で、はじめて祈祷師としての修行に着手することになります。

ある者は社会経験を積むために就業し、ある者は大学へ進学して一つの学問を追求し、
またある者は神道学を学んで「神職」の資格を取り、ある者は家庭の中で家族の幸せを追求しながら、
それぞれ置かれた立場の中での自分の役割を知り、そして自分の力を世のためにどうやって役立てられるかを追求します。
どこかの時点で私どもの修行が終わることはなく、私どもは常に修行中の身であり、ある程度の段階で「祈祷師」の称号を与えられます。(祈祷師拝命)

どうか皆様、「祈祷師」を敷居の高い存在と思わないでください。
世の中にはまだまだ私どもが知らないことの方が多いわけですから、私自身も皆様から勉強させて頂きたい心構えです。
どうぞこれからもよろしくお願い申し上げます。

排他であってはならない。

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紗季です。

 以前記事にも取り上げましたように、私どもの組織では、不定期ではありますが、いろいろな宗教の方々と交流する機会を設けております。
先日は、とある新興宗教の幹部に近い(?)方とお会いする機会がありまして、その「教義」を聞いて欲しいと言われて、(やや話半分に)耳を傾けました。
教義書(?)の序章にあたる部分を解説して頂きましたが、ところどころに他の宗教・信仰を頭ごなしに否定する箇所があったりして、第一印象としては「後味が悪い」の一言に尽きる感を受けました。
当然ながらその印象を率直に伝え、「貴方の教義」が真に述べたいこと・伝えたいことは何であるのかを徹底的に議論いたしました。
いかなる宗教・信仰も、決して「排他的」になってしまってはならないと思います。排除してしまった相手方は、必ず今度は私たちの方を排除してきます。
そうすると両者は、それ以降一切相容れない関係に陥ってしまいます。
 「どう考えても間違っている」と思ってしまっても、相手を全否定する前に自分自身で「具体的にどの部分が間違いだと感じたか?」「理屈としてオカシイのか?心情的に許せないのか?」「悪を正そうとしている自分は、ちゃんと筋を通しているのか?」といった自問自答をしてみても遅くはありません。
議論した結果、やっぱり自分自身の考え方とは合わないと感じたら自分が取り入れなければ良いだけであって、逆に良い考え方だと思えば自分自身も取り入れて行けば良いだけです。

 会社で商品の売込みをされる「営業担当」の方からも、やはり同じような意見が聞かれます。
同種の商品を扱うライバル企業を頭ごなしに否定してばかりでは、かえって自社の印象が悪くなってしまいます。
相手の商品はこういったメリットがあり、こういったデメリットがある。当社製品にも同様にある。御社のビジネススタイルに照らした場合には、相手企業の商品ではなく、当社製品のメリットを活かす方が効果的で収益も上がるだろう。
そうした誠実で親身な対応こそが相手の心をつかむものになります。
そして、今まで取引をしてきた相手企業から当社に乗り換えてもらう際にも、相手企業を無下にするのではなく、筋を通して取引を終えてもらうように尽力しなければなりません。