呪い代行: 2015年7月アーカイブ

紗季です。
梅雨も明けて、各地で猛暑が続いております。

 最近、習い事などの上達・習熟という祈祷のご相談を受ける機会が増えてまいりました。
自己練磨(自分磨き)の一環で、自分への投資をされる方が増えているようですね。
一度踏み込んだ世界ですから、ぜひとも極みに達していただきたい次第です。

 習い事をするということは、その技術や知識を自分のものにするということも重要ですが、
何より「習う心構え」を修練する場であると思います。
謙虚さが無ければ、どんな物事も自分のモノにすることはできません。
自分の師匠に完全に染まり、認められてから、その後に自分のアレンジをして行けばよいわけです。
まだまだ未熟な人間ほど、「でも」や「だって」を真っ先に発するものです。
そういう人間に対して、心を込めて教えたい師匠は居ないはずです。

香苗です。

本日未明、大分県南部を震源とする地震が発生いたしました。
皆様は、被害に遭われてはいませんでしょうか。
ここ広島でも、震度2~4が記録されましたが、大きな被害の報告は受けておりません。

 地震があった時刻には、私自身は祈祷所に入っておりました。
ちょうど前日が祈祷の日程となっておりまして、この日のご祈祷をすべて終えた矢先の揺れでした。
祈祷師一同「これは何かあったに違いない」と考えました。

 そして夜が明け、昼過ぎあたり、ご依頼者の方から一報が入り、
昨日から本日未明までご祈祷させて頂いていた呪殺祈祷の対象者が急性心不全で亡くなり、いろいろと手続きを終えたところだというご報告でした。
ご依頼者の方もどこか落ち着いた様子で、身内が亡くなったことに対する大きな悲しみはありませんが、呪殺祈祷がようやく成就した喜びというわけでもなく、「これからようやく自分の人生が始まる」といったある種の覚悟をも感じさせるしっかりとした声でした。

 祈祷の成就は私どもにとってはあるひとつの「ゴール」ですが、ご依頼者様にとっては、ここから新たな人生が始まる「スタート」でもあります。
ご祈祷(呪術)は最終手段であり、絶望的な状況下からの劇的な状況変化を実現する手段ですが、
その成就を「ゴール」と捉えてしまうと、それから先の計画が立っておらず、あるいはその先の人生を犠牲にしてまで祈祷に臨んでしまって、せっかく成就してもその先の人生で苦しい思いをするかもしれません。
あくまで祈祷は手段であり目的ではなく、成就は新たな人生の「スタート」です。

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