紗季の最近のブログ記事

紗季です。

金運について考えてみました。

紗季です。

非常に大きな台風が最接近し、ここ広島でも今朝から大雨と突風に見舞われました。

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紗季です。

本日 8月6日、広島は72回目の原爆の日を迎えます。
1945年のあの朝、広島は死の町と化しました。
あれから72年、この街は驚くほどの発展を遂げています。
忘れないためにも、私たちが語り継いで行かなければなりません。

紗季です。
旧年中はご厚情を賜り有り難うございました。
本年もよろしくお願い申し上げます。

紗季です。
本年も残すところ、本日のみとなりました。
思え返せば、土砂災害など、激動の年でした。
来年も、皆様方のお力になれるよう、祈祷師一同尽力いたします。

香苗です。

広島市北部を襲った土砂災害から、早くも1ヶ月が経とうとしています。
私どもの社務所のうち1ヶ所が土砂に埋もれてしまいましたが、大事には至りませんでした。
ボランティアの方々のお力もあり、だいぶ復旧へと向かっていますが、やはりまだまだ手付かずの場所もたくさん残されています。

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紗季です。
すっかり日差しも夏めいてきました。
これからの梅雨の季節や、その先の真夏日・猛暑日の毎日が来るのかと思うと滅入ってしまいそうですが、季節の変化があるのが我が国の誇りでもあります。
先人の知恵に倣って暑いときには暑いなりに対応しながら季節を楽しみたいですね。

 さて、今回は、普段私どもではあまり扱わない「金運向上」のご祈祷のお話です。
とある女性Yさんから1年半ほど前にご相談頂いた件ですが、「とにかく金運向上したい!お金が欲しい!」と言われて、助言も何も聞いて頂けない状態でした。
私どもが「お金をそんなに手に入れてどうするの?」と伺ったところ、Yさんはとにかく自分の欲しいものを買いたい、好きな旅行に行きたい、世界一周してみたい・・・などなど。

 お金が手に入ることと、金運が上がることとは意味が異なります。
お金に困っている人に対してお金を差し出すことは(ある程度は)簡単ですが、その人の金運を下げることにもつながります。
困っている人と共にどうしたら現状を打破できるかを考えることは、お互いの金運を上げることにつながります。

 金運向上を唱える方々に対しては、まず私どもとしては取り合わないこととしておりますが、
Yさんについては、何か特殊な決意と覚悟のようなものを感じたため、特別にお請けすることとしました。
約1年強の期間、徹底して金運向上のご祈祷を実施させて頂きました。
祈祷の終盤は、半ば「経営塾」のような様相を呈しておりましたが・・

 すると9ヶ月ほど経過したあるときから、少しずつYさんの考え方が変わってきました。
それまでは「お金を自分のために使いたい」という考えでしたが、次第に例えば「自分が旅行が好きなので、旅行会社を作って旅をする皆様の役に立ちたい」というように。
お金を使う方から回す方へ、考え方が変わっていったというわけですね。
そして先月、とうとう小さいながらも旅行会社を設立されたそうです。中にはこういう旅行会社があってもいいかな?と思わせる、なかなか女性ならではの、着眼点が興味深く面白い会社です。

 自分の好きなことには、昼夜を問わず没頭してしまうのが人間です。
その「好きなこと」が仕事になれば、これほど幸せなことはありませんね。
幸せを感じている人の周りには、どんどん人が集まってくるものです。
人が集まれば、より大きな仕事ができるようになります。そしてより大きなお金を回せるようになります。
これこそが、金運向上の祈祷が目指す到達点と言えます。

紗季です。
昨日、11月23日には宮中で天皇陛下御自ら「新嘗祭」を催行なさいました。
天皇が神様に五穀をお供えし、今年も自然の恵みを頂いたことへの感謝を伝えます。
そして翌年の五穀豊穣を祈ります。
宮中祭祀の中でも、最も重要な祭事と位置づけられています。

 その年の初物は、まずは神棚(神様)へ、あるいは仏壇(仏様)へ、という昔ながらの風習が残っているご家庭も多いのではないでしょうか。
お供えしたあとの「おさがり」を、私たちがありがたく頂きます。

 「お米」も同様で、今年獲れた初物は、まずは神様へお供えします。
これが「新嘗祭」です。
お供えが終わると、今度は私たちがその「おさがり」を頂戴します。
11月24日こそ、本来の「新米」の解禁日なのです。
それ以前に口にするということは、自分の食べ残しを神棚あるいは仏壇にお供えするようなものです。
飲食店を経営されている方には、是非とも「11月24日・新米解禁日」を取り入れて頂きたいと思います。

 そして、一般家庭においては、11月24日の朝食には父親の掛け声と共に「いただきます」といい、
その年初めての「新米」をありがたく頂戴する風習を取り入れたいものですね。

紗季です。

 実は私、幼少の頃から飛行機に興味があります。(笑
祈祷師を目指す以前は、どちらかと言えば『理系』な人間でした。もちろん、珍しがられましたよ。
「できることなら飛行機に関わる仕事をしたい! パイロットになりたい!」といった幼稚園児のような夢を、かなり大人になる頃までずっと持って生活しておりました。

 先日祈祷のご依頼を頂き、それが成就したお礼をということで、30歳代の男性の方を社務所にお迎えいたしました。
お話をお伺いすると、実は飛行機の操縦士でいらっしゃるとのこと。
とは言えいわゆるパイロット(エアラインパイロット)ではなく、趣味で飛んでおられる自家用操縦士でおられるとのこと。飛行機関係の話は、興味があっただけに色々勉強してはおりましたが、
やはり実務を経験されておられる方には叶いませんでした。(笑
心地良い敗北感を感じました。。
操縦士の方々が、プロからアマチュアまで所属しておられる、某公益団体の会長さんは広島県出身であられることから、私自身も深い交流がございます。その会長さんから、現役当時の旧広島空港(現広島ヘリポート)の様子を伺うことが何よりの楽しみでもあります。
海沿いに伸びる滑走路、一般的にはできるだけ海側から進入するのだそうですが、風向きなどによってどうしても陸側から進入する際には、当時の「広島市民球場」の試合の様子が分かるくらいの高度で街の上空を飛び、球場の上空あたりを目印に旋回し、最終コースに乗っていた、などという臨場感あふれるお話を聞くと、時間を忘れてしまいます。

 本日は余談ばかりの記事でした。。(笑


  ちなみに・・・
  音速旅客機「コンコルド」が退役してから、もう10年経過しました。デビュー当時は「旅客機はすべて音速になっていく」と言われていました。しかし音速を超えるには色々と障壁がありコストも高く、大量輸送時代を経て今に至ります。旅客機の巡航速度はマッハ0.8~0.85です。
  飛行機は「鉄の塊」と表現されることがありますが、その構造の薄さは、プラモデルサイズに縮小すると「卵の薄皮1枚程度」です。つまり大気の中をフワフワと浮いている、というのが正しい認識です。決してカタマリではありません!

紗季です。ご無沙汰いたしております。

 まずは経理関連のご報告です。
前年度は剰余金(会社で言う「利益」にあたるもの)がマイナス計上となりましたので、今年度の予算から金1万円、および有志の祈祷師からそれぞれ金1万円ずつを公益財団法人日本財団様に東日本大震災復興プロジェクトの活動資金として寄付させて頂きました。
震災の日から2年半が経過し、今でも現地では復興へ向けて大変な尽力をされている方が大勢おられます。
遠くから視線を送るだけでなく、今一度自分たちのできること、自分たちの役割を再認識してまいりたい所存です。
少し時間が経過してしまいましたが、上記ご報告申し上げます。

 これまでも我が国の異常気象ぶりは報じられてまいりましたが、今年はいよいよ本格的な気候変動が表れたといっても過言ではないのではないでしょう。
入梅宣言とともに降雨の気配は一切なくなり、摂氏40度を超える酷暑が続き、梅雨明けとともに各地で1時間あたり百数十ミリという豪雨が観測され、平野部では竜巻様の現象が発生。
多数の犠牲者が出たとの報道を耳にいたしました。
自然現象ばかりは人間の力の到底及ぶものではありません。如何に共存して行くか、ということが古来から人間に与えられた課題です。

 また、平成24年~26年にかけては、約20年周期で訪れる「祈祷の効果が大変強力に表れる時期」でもあります。
祈祷の絶大な効果が表れる瞬間を指して『天鳴り地鳴り』と表現されることがありますが、天変地異と祈祷(呪術)とは古来より密接な関係がありました。
20年前の「台風19号」(1991年9月末)では、ここ広島市でも多大な被害が出ました。
さらにおよそ20年前の 1972年は、八丈島が何度も大地震に見舞われました。1972/2/29 震度5強相当(M7.0)、1972/12/4 震度6弱相当(M7.2)、など。(※参考:同時期に某大事件および全員逮捕。)
さらに20年前にも、大地震が相次いで発生しました。1952/3/4 北海道十勝沖で震度6強相当(M8.2)、1952/3/7 石川県西方沖で震度5強相当(M6.5)など。(※参考:同時期に、重大な条約批准とその反対派の不審な失脚。)
さらに20年前は、非常に大きな台風が通過し、主に汽船や船舶が難破するなどの大被害を受け、広範囲で家屋の崩壊が発生しました。1930/7/下旬。(※参考:同時期に支那国の大事変)
「人事を尽くして天命を待つ」は、自分の出来る範囲のことをすべてやった後は運を天に任せて静かに待とうという意味でもありますが、
人間のできることの範囲というのは(自然界=天の意思に比べて)どれだけ小さいか、ということをしっかり理解して物事に臨むべしという教訓も含まれています。
防災は自然に抗うことではなく共存共生していくことであると再認識し、古来の日本人のように自然と「仲良く」できる文化を取り戻したいものですね。

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