結婚することになりました。

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紗季です。
暦の上では秋とは言え、まだまだ本格的な暑さには悩まされますね。

 さて、この度、結婚が決まりました。


とはいえ、私ではなく、私どもの組織に所属する、女性の若い見習い祈祷師、香苗さんです。
先を越されてしまいました(笑)
見習い祈祷師の身分ですので、皆様へのご祈祷をお受けするにはまだ少し時間がかかるかと思いますが、どうか彼女らの幸せを応援して差し上げてください。

「祈祷師」あるいは「見習い祈祷師」というと、どのような印象をお持ちでしょうか?
生まれてすぐに神童と崇められ、学校も行かずに修行を積むことで、何か不思議な力を手に入れられる。
そんな印象をお持ちでしたら、それは空想の世界の出来事です。
少なくとも私どもでは、見識・良識のある成人もしくは成人に近い年齢になってからの修行開始となりますし、そのためには希望者には大学に進学させたりもしています。

大勢の方々から相談をお受けするにあたって、あまりに常識を知らないと、何も助言をすることができないだけでなく、先方様に不快感ばかりを与えてしまいます。
法律の基礎も知らないで「法的手段を検討してみてください」と言ったところで、何の説得力もありません。
科学を知らない人から「科学的だ」「非科学的だ」といった話をされても、何ら信憑性がありません。
恋愛も知らないで、恋愛相談や縁切り相談を受けられるはずもありません。
会社運営を知らない人が、企業死の祈祷を提案することは不可能です。

世間を知り、常識を学び、自然科学を学び、人文科学を学び、恋愛を経験し、一定の社会経験を積んで、
その上で自分の力を人のために使うことに生き甲斐を感じるようになる、
その段階で、はじめて祈祷師としての修行に着手することになります。

ある者は社会経験を積むために就業し、ある者は大学へ進学して一つの学問を追求し、
またある者は神道学を学んで「神職」の資格を取り、ある者は家庭の中で家族の幸せを追求しながら、
それぞれ置かれた立場の中での自分の役割を知り、そして自分の力を世のためにどうやって役立てられるかを追求します。
どこかの時点で私どもの修行が終わることはなく、私どもは常に修行中の身であり、ある程度の段階で「祈祷師」の称号を与えられます。(祈祷師拝命)

どうか皆様、「祈祷師」を敷居の高い存在と思わないでください。
世の中にはまだまだ私どもが知らないことの方が多いわけですから、私自身も皆様から勉強させて頂きたい心構えです。
どうぞこれからもよろしくお願い申し上げます。