復縁するには?

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紗季です。
復縁祈願のご依頼が、近年急増しております。
頂戴する文面からだいたいの状況が分かりますので、それに応じてまずはアドバイスさせて頂いております。
中には「頂いたメールを読んで、何度か涙が出ました。確かにおっしゃるとおりでした。」と言って頂ける方もおられ、そういった方々にはまずは「今の気持ちを忘れずに、もう一度ぶつかってみなさい。」と追加させて頂きます。
復縁成就(復縁成功)の秘訣は、やはり自分が変わり、相手が変わり、環境が変わることと考えております。
自分の力の及ばない「相手の心を変える」「環境を変える」という点について、祈祷師が全力で御祈祷させて頂き、お力添えいたします。
祈祷(儀式)だけにすっかり依存してしまうのもまた、危険なことと言えます。せっかく復縁のチャンスが来ても、結局また時間が経てば元の状態に戻ってしまい兼ねません。
自分が変わる・自分を磨く、といった点についても、どうか重視して頂きたく思います。
逆の立場で考えても、いつも悲観的でくよくよしている人と、また一緒になりたいと思うでしょうか? それよりも、常に前向きで「また一緒になれたら、こんな将来を送りたい」といつも明るく振舞っている人は、人間としての魅力にあふれ、誰からも愛される人間になるでしょう。

復縁祈願について
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豪雨・土砂災害発生中。祈祷・呪術の効果というものは・・・

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紗季です。
地元・広島県をはじめ、西日本を中心とした各地で豪雨による土砂災害が多発しております。
被害に遭われた方々、謹んで哀悼の意を申し上げます。

 満月・新月で、風も雲もなく穏やかな日の夜は、呪詛の効力は一層強力なものになると言われております。
また逆に、皮肉にも、先日から続いているような豪雨・強風・雷鳴・地鳴り(?)といったの激しい天候下でも、大変効果的な呪術を行うことが可能となります。
今週は全国でも西日本の災害を報道された関係か、特に私どもの身を案じて頂くメールを多く頂戴しております。
私どもや周囲の関係者には、今のところ被害を受けたとの報告は上がっておりません。ご心配、痛み入ります。

雨の中、ご報告に来られました。

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紗季です。
梅雨の季節ですね。このところ毎日のように大雨が降ります。

そんな大雨の中、先々月末まで祈祷をさせて頂いた女性が、遠方からはるばる社務所を訪ねてくださいました。
具体的な祈願事の内容については公表して欲しくないというご本人様の意向により、ここに書くことは控えますが、一時は「自分は死ぬつもりだ」とまでおっしゃっていたにも関わらず、すっかり明るく前向きになっておられたことにまず驚かされました。
相談に来られた当初を振り返って、「憎悪の心しかなかった当時が嘘のようだ、これからは自分が生きている、というよりむしろ生かされていることを自覚していきたい」と、素敵な笑顔をこぼされました。
テレビもない社務所で、おもてなしも出来ませんでしたが、私どもにも幸せを分けて頂けたような気分でした。

「呪い返し」はどの程度ですか?

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紗季です。
祈祷をご依頼される方から、よくこのような質問を頂戴いたします。

「祈祷を依頼する場合、どの程度の呪い返しが来るでしょうか?」

私自身は「呪い返し」について一般の方に説明する際に、
呪術の目的・規模の大小に関わらず、呪術という事案に関わる以上は祈願者様(依頼者様)にもわずかながら呪い返しの影響が生じます、
といったことをお伝えしております。
ただしこれだけでは単に祈願者様をビクビクさせるだけに終わってしまいますから、
「よって、特に儀式の期間中は日頃以上に注意して、お過ごしくださいませ」
と付け加えております。
 この説明の本質は以下の通りです。

本来の「呪い返し」というものは、呪術行為の跳ね返り、あるいは反作用として、行為者自身に生じるものでございます。
従いまして、呪術行為を行う祈祷師(呪術師)が、その影響を受けることになります。
これを「本来の呪い返し」あるいは「狭義の呪い返し」と呼んでおります。
依頼者様は呪術行為をするわけではありませんので、「本来の呪い返し」の影響を受けることはありません。
しかし、呪術という非日常的な事案に関わるわけですから、儀式の期間が近付けば、いくら心穏やかに過ごしたくとも
どこか神経が高ぶったり、落ち着きがなくなってしまいます。これによって夜間の睡眠不足を生じ、日中は注意力が散漫に
なってしまうことも予想され、場合によっては事故などを誘発する危険性もあります。
このことは、本来の呪い返しの影響とは異なりますが、呪術という事案に関わることにより受ける影響という意味では、
「広義の呪い返し」とも呼ぶことができるでしょう。
従いまして私どもでは、祈願者様に上記の内容を説明し、できるだけ夜間は充分に睡眠を取って頂くようにお願いし、
日中は普段以上に周囲に注意してお過ごしいただくことをお願いしております。

神木と藁人形(わらにんぎょう)

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紗季です。
空も低くなって参りました。入梅間近といったところでしょうか。
今朝方、神社敷地内の神木に一体の藁人形が、【呪】の文字と共に五寸釘で打ち付けられているのを見付けました。
どなたかが見様見真似で呪術行為をおこなったのでしょうと思い、神木から除いて奉納いたしました。
ここ最近ではめっきり減っていたのですが、久しぶりに目の当たりにしました。
 手法自体はまったく稚拙で、この程度であれば「呪い返し」も心配ないとは思いますが、それでも今後継続的に実施されるのであれば、注意が必要なのかな?とも思わせられております。
なお、他の神社・寺院でも共通して言えることですが、敷地に無断で侵入したり物件を傷付けると、やはり程度の重軽を問わず刑法に触れる犯罪になってしまいます。
どのような観点からも、「軽はずみな行為は厳禁」と言えるでしょう。

呪殺祈祷成就、後味・・?

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紗季です。

日中の日差しが、徐々に夏のそれになってまいりました。
衣替えをすべきかどうか判断のつき難い毎日です。

さて、私どもが「究極且つ最終的な呪術」と表現している「呪殺祈祷」ですが、
先日も祈願者様からの成就報告を受け、祈祷終了した一件がございました。
皆様は、呪殺祈祷を依頼される人について「呪殺をも持ち出すほど憎悪に満ち溢れた祈願者ばかり」、とお考えではないでしょうか?
もちろん、相談に来られた当初は「なんとかしてアイツを殺したい!」といった憎悪心のカタマリのような状態の方ばかりです。
しかし、そうした際に私どもは、そもそも呪術というものは憎い相手に悪さをしてやろうという目的で成り立ったわけではなく、
本質は「歪んだ現状を正す」ことにあるのだと説明いたします。
そして、性急に結論を出そうとされる依頼者様にも時間をかけてやり取りを重ね、冷静さを取り戻されたところで改めて「本当に呪殺祈祷が必要かどうか」をお尋ねします。
それでもなお祈祷が必要という判断がなされた場合にのみ、私どもは正式に「呪殺祈祷」をお受け致します。
憎悪心だけに基づいて依頼に来られた方は、冷静な心を取り戻されてからは「まだ呪殺までを検討すべき時期ではない」といった正常な判断をされます。
そのため、「呪殺祈祷」を実施するにあたって、その祈願者様は、憎悪ではなく冷静な心、使命感すら感じさせるオーラに満ち溢れた状態で儀式に臨まれています。
憎悪心が強いうちにもし成就してしまったならば、「取り返しのつかないことをした・・」という後悔が生じてしまいます。

呪術に臨むにあたり、正常な心を持たせることも、祈祷師の役割であると考えます。

呪い神社? 貴船神社参拝。

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紗季です。

先日、かの有名な「貴船神社」を訪ねました。
本来「貴布禰神社」(貴布禰総本宮)と表記するのが正しいようです。

「呪い神社」として名高い神社ですが、本来は丑の刻に参拝して心願成就することが目的であり、呪いや呪術、ワラ人形といったまがまがしいイメージは、メディアなどの影響で後から付けられたもののようです。
今でもなお、敷地内の神木に無断でワラ人形が打ち込まれるなど、被害が絶えないそうです。

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貴船神社
貴船神社とは

企業死ということ

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紗季です。

企業(法人)も同様に、呪術の対象となることがあります。
特に企業の破綻・倒産などを目的とした場合、私どもではこれを「企業死」と表現しております。

企業死のケースは、とにかく迅速さが求められます。
生半可に呪術を実施すれば、一番被害を受けるのは末端の従業者のみで、狡猾な経営者自身の財産は守られ意外と早い段階で再生してしまうのが現状です。注意が必要です。

成就の難易度が企業の規模に比例するかと言えば、実はそうではなく、やはり経営者と従業者が一丸となって結束していたり、強い目標・夢を持つ企業に対しては成就が難しく、逆に従業者が常日頃から転職情報をチェックしていたり覇気の感じられない企業ほど、規模に関わらずあっさりと「企業死」してしまうように感じられます。

真言宗・導師様の功徳。

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紗季です。
年末に、会所属の祈祷師の近親者が亡くなり、先日その葬儀が行われました。
当人が神道を離れて仏教徒になっておられましたので、仏教式での葬儀となりました。
その前日には通夜が行われました。

祈祷師という立場柄、自分自身のみならず近親者や関係者にも相応の影響があるのは宿命(さだめ)であり、私や他の祈祷師たちもそのこと自体にはもう慣れてしまったものです。

地元の真言宗系のお寺の住職様が導師をおつとめになりましたが、私としては初となる「真言宗」の葬儀の経験でした。

「オン・アビラウンケン」という、大日如来の真言を唱えられた後にお経(というのでしょうか?)が読まれ、
おしまいに光明真言を数回、最後に
「願わくは、この功徳を持って遍く一切に及ぼし、我らと衆生と皆、共に仏道を成ぜん」
の言葉で締めくくられました。
印の結び方までは勉強していなかったのですが、真言の意味するところなどを調べるなどして亡くなった方を偲ぶことが死者を弔うことにもなるという考えから、私自身も少し「真言宗」というものに触れて行きたいと感じました。

近況報告を頂戴しました

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紗季です。

昨年10月頃にご依頼を受け、その後年末までの間に成就された方に近況確認のご連絡をさせて頂きました。
復讐を目的とした御祈願でしたので、あまり私どもの方から積極的に連絡をして辛かった時期を思い出させてはいけないとも考えておりましたが、しばらく連絡が途絶えておりましたので思い切ってご連絡させて頂きました。
すると、間もなくお返事を頂戴し、いたって順調な近況をお伺いすることができました。
当初は「殺してやりたい」ともおっしゃっていたほど強烈な復讐心でしたが、「相手が脳梗塞に倒れ、会社も閉めて、今は細々と自宅治療をしている」とのご報告と、さらには「暗い復讐心からは何も生まれない、呪殺を踏みとどまってこの程度の復讐で済ませておいて良かった。」との開眼とも感じ取れる感想を頂けました。
その相手(対象者)も、この病気を機にこれまでの言動を省みて、今後は人のために尽くす生き方をしたいと語られているようで、双方にとって大きなメリットをもたらすことができたと、私自身も祈祷師冥利に尽きる一件でございました。

ご依頼者様自身の経営も順調なようで、今後も微力ながら益々の発展と商売繁盛を祈るばかりでございます。